きまやのきまま屋

日常、本、映画、猫のこと。主婦で趣味人のきまやがきままに書いてます。たまにライター。

話題のゆとりとか、それ以前の詰め込みとか、「世代論」について考えてみました。

私の立ち位置の確認

昨日こんな記事を書きました。 

今思えば高校の朝補習ってクレイジーだったと思う@福岡 - きまやのきまま屋

 

なんかこれを読むとすごく勉強していたみたいだし、私自身なんでこんなに授業多いのかとずっと思っていたので、

私は自分のことを「詰め込み教育世代」だと思っていました。

でもそれは私の体感だけで、本当は違ったみたいです。

 

詰め込み教育 - Wikipedia

 

これによると、

1980年代以降、詰め込み教育の短所に対する反省から、児童・生徒の学習の動機付けに重点を置くゆとり教育へと路線を変更することとなった。

らしいので、ちょうど80年生まれの私は「ゆとり教育」に入っている、

のかというと、またちょっと違って。

 

「路線を変更することとなった」のが80年で、そこから段階的に変わっていったわけなんです。

私の幼い頃の記憶では土曜日は学校行ってたし。(なんか途中から月に2回だけ土曜日が休みになった、ような気が…)

 

そして自分が高校から進学校に行ってしまったので、

授業内容はものすごく濃かったし、前の記事に書いたみたいに朝補習があって、

(「補習」という名前だけど、全員参加のただの授業)

3年生になったら夜補習まであるようになったので、(こちらは一応希望者のみだけど、出ないと白い目で見られるレベル)

 

友達と一緒に行動していたら、気がつくと

朝の7字半から夜の8時までぶっ続けで勉強するカリキュラムになっていました

(なのでドロップアウトしました。白い目は平気です) 

 

 

つまり、どっちなんだろう?

話を元に戻すと、私は「詰め込み世代」なのか「ゆとり世代」なのかよく分からない

狭間の年齢だな、ということです。

厳密に言うと、第1次とか第2次とからへんのゆとり世代に入るみたいですが。

 

でもこういうのは、政策が決められたとしても実際に現地できちんと実行されるまでには地域差もあるだろうし、

私より下の年齢の人が、「ゆとり教育」のカリキュラムになったからって別に楽ができたわけでもなく、その分学校以外で勉強しないといけない人もたくさんいただろうし、

こういう括りにはあまり信憑性がないですね、というお話です。

 

ちなみに生粋のゆとり世代の人は、このように考えているようです。

やっぱり大雑把にまとめてしまうのはよくないですよね。

 

「ゆとり世代」への評価にこそ、もっと「ゆとり」を! - ゆーすとの日記

 

きまやが思ったこと

こういう世代論を書いておいて今更、という感じかもしれませんが、

正直自分が何世代だろうとどうでもいいです。

就職氷河期がどうのとかもどうでもいいです。

 

でもただ思うんですけど、最近の20代の人って優しいですよね。

そりゃ人にもよるけど、優しい人の割合が多い気がする。

(ちょっと前に誰かのブログでも書いてありましたね。どれだったかな。)

 

私よりも年上の人は、半数くらい性格がきつい印象です(ごめんなさい)。

私と同年代くらいの人は、半数くらい「自分探しにハマる」系な気がします。

なんかアホなのが多い気がします。(自分も含め、体感的な印象です)

 

世の中は暗くなっていて、楽しいことも減ってきていると言われているけれど、

これからデジタルネイティブで性格が優しい人が増えるなら、いいこともあるんでじゃないでしょうか。

 

 

人生に生きる価値はない (新潮文庫)

人生に生きる価値はない (新潮文庫)

 

 

 

【高校時代の関連記事】

kimaya.hatenablog.com

 

【注意】画像の転載・無断引用は禁止させていただきます。文章についても同様に、許可のない転載はおやめください。