きまやのきまま屋

日常、本、映画、猫のこと。主婦で趣味人のきまやがきままに書いてます。たまにライター。

相手のことが大事だと思ったら、名前を呼んだらいいと思う。

こんにちは、きまやです。

きまりじゃないです(堅苦しい人っぽいな)

きままじゃないです(自由人すぎるだろ)
きまやです!
 
 
まあそんな感じで、名前を間違われることが多発しています。ブログ名がややこしかったかな〜と煩悶してます。
 
相手の方は悪気はなさそうです、単に「覚えてない」だけのように見受けられる。
「覚えてない」、か…。
 
一番タチ悪いじゃないか!
 
 

コミュニケーションとしての名前呼び

 
まあどちらのケースもネット上の話で、知り合ったばかりの人なのでそんなに気にしてないんですけどね。
 
でも思ったのは、「名前を呼ぶ」というのはコミュニケーションのけっこう基本のことなんじゃないかな、ということ。
 
営業マン向けのビジネス本とかにもよく書いてありますよね。常連客は名前でお呼びしましょう、みたいなこと。
 
やっぱり親しみというか、特別感が出るんですよね。
「彼氏からは下の名前で呼んでほしい!」とか言う女性も多いです。

 

 

 
 
私はけっこう人の名前を呼んだり書いたりしてると思います。
「○○さん、きまやです!」みたいなメールの題名多いし、
リプライでも「○○ちゃんの場合はさ…」とかつい入れちゃう。
 
 
だって、私はその人に話しかけてるから。
その人を他の人とは違うと判別しているから。
その人だから話しかけている、だから名前を呼んでしまう、そういう習性があります。
 
 
一度だけ、「そうやって名前で呼んでもらえると、近しい気がして嬉しい」と言われたことがあります。
うん、そうだと思う。だって私はあなたに親しみを持っているから。
 
だから誰かと仲良くなりたいなら、きちんと名前で呼ぶ、呼びかけることはけっこう大切。
 
 
名前を覚えられてないということは、他と判別されていないことに繋がる。
 
私はちゃんとあなたを知ってるよ、他でもないあなたに伝えたいと思ってるよ、ってことが、
名前を呼ぶことで滲み出る、と思います。
 
でもパソコンだとタイプミスとかもあるし、(上記2回の呼ばれ間違いはそれぞれ2回ずつあったので、ガチで覚えられてないと確信しているけど)多発しがちだとは思います。
言い間違い…は単に失礼か。
 
 
その人に与えられている最初の固有の記号である名前を、きちんと認識したいですね。
 
きまやでした。
 
 
コミュニケーションについてはこの本が面白かったです。劇作家として有名な平田オリザさん。
「わかりあえない」ことを前提として、そこからどう動くのかがコミュニケーションの第一歩だ、ということです。

 

わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書 2177)

わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書 2177)

 

 

 

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