きまやのきまま屋

日常、本、映画、猫のこと。主婦で趣味人のきまやがきままに書いてます。たまにライター。

飛べない鳥になり水を飲んで生きる、それが世界を【短編】

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photo by Auntie P

 

短編作品です。 

※※※ 

 
鳥になりたい、と片瀬が言うと、木村は薄く笑った。
 
鳥は飛べるものだから。そんな理由で変身願望なんてただの中二病だね、片瀬も早く大人になれよ。
 
 
けれど片瀬の中のイメージはむしろ、幼い頃に聞いた童謡の「風見鶏に恋するニワトリ」のイメージに近いものがあって、地面から空を見上げている非力なものという捉え方だった。ニワトリでは、飛べない。飛べないのに空ばかり見ていて嘆き、卵を産むのだ。それは子供心にとても健気に思えて、片瀬の記憶に焼き付いていた。
それを詳しく説明したくもあったけれど、それは木村にはウケないだろうと思って黙った。
 
届かないものに憧れているという点では「飛べるから」という理由と大差ないし、何よりその歌の題名を覚えていなかった。
 
 
じゃあ木村は何になりたい?と片瀬が問うと、木村は小さな声で、水になりたい、と言った。
 
 
二人は男で同い年で、大学生で、出席番号が近いという以外は特にきっかけもないまま友達になって、何かと肩身の狭い思いをしながら大学に通っていて、授業には最低限出てレポートは助け合って書いていた。なんせ、他は女子生徒だらけの学部に入ってしまったのだ。
 
 
二人以外にも男子生徒はいるのだが、バイトだサークルだと奔走して女子生徒と笑い合うタイプの男子生徒のことを、二人とも苦手としていた。そういう男子生徒の目には、なにか得体のしれない輝きがあってそれはきっと押し殺された性欲だ。
 
それでも話が面白ければ、女子受けはいいようだった。その不気味に底冷えしているのに消えない熱を持った目は許容され、もしかしたらそれがスタンダードなのかもしれない、それがない自分こそが異端なのかもしれない、二人はそう思っていた。
 
そしてその目を恐れて隠れて、周りを見回したら、自分と同じ怯えた顔つきのお互いを見つけた、春。
 
 
だからそれ以来、他のグループからあぶれる形でずっとつるんでいて、でも積極的に選んだ友達とも言いがたくて、いつもあてのない話をしては、ポツポツと感想を伝えあっていた。
 
片瀬の特質を言うなら「臆病」で、木村の特質を言うなら「辛辣」だった。
けれど違いはそれくらいのもので、お互いがお互いに思っていることも似ていれば、女子に対する臆病さは同じくらいだったし、将来に対するコメントの辛辣さは同じくらいのものだった。
 
 
今日も、構内の生協の入り口に愛想なく置かれた固い緑のベンチに並んで座り、ただ次の授業を待っていた。
 
 
季節は冬で、とても寒かったけれどそこにいた。次は語学だからサボれないという理由が二人をそこに係留している。学食や売店には居づらさを感じていた。その明るさ、華やかさに。そして数人の底冷えした光る目に。
 
 
 
「水になりたい?」
おうむ返しの片瀬の声は少しだけ大きくなった。木村は一度俯き、そして顔を上げる。
「そうだよ、水」
言い返す声は平然としていた。
 
「なんで水?それって鳥より現実味なくない?」
「無機物だしな」
「あれ、水って有機物じゃなかったっけ」
「いや、どっちか知らね。どっちでもいいし」
「おかしいだろ」
「おかしくねーよ」
「生きてねーし」
「生きてなくていいんだよ、てか、生きてるかもしれないとか思わないの?」
「え、生きてんの?オカルト?トンデモ科学?」
「なんだっていいんだよ、例えば」
 
木村は、夜のうちにザッと降った雨がベンチの背もたれの上に少し残していた水たまりに指を浸す。水たまりは小さいものの、人差し指一つくらいは平然と飲み込んでしまう。
 
「こういうところにいる水もいれば、噴水で吹き上げられる水もいれば、俺たちにコップで飲まれる水もいるだろ?」
「まあな」
「でも全部、成分は同じだろ?」
「そりゃそうだろ。水だし」
「それがさ、人間みたいだと思わねえ?」
「は?」
「どこにいるヤツでも成分は同じなのに、いる場所で形が変わるし周りの扱いも変わるんだよ。それって人間みたいだと思う、から、水になりたい」
「…人間って、誰でも成分同じかな」
「血と肉」
「いや、中身的なものは無視?」
「無視だろ、どうせ環境で変わるんだから。それもせいぜい色がついたり温度が変わるだけで、水みたいなもんだ」
「…水みたいなもん、なら、別にわざわざ水にならなくてもよくね?」
 
木村は少し言葉に詰まるが、少したって続けた。
「それでもさ、…水の方が…」
「ん?何?」
「なんでもいいや」
「分かるぞ、水の方が綺麗だとか自由だとか言うんだな?それなら全然、鳥とレベル一緒だろ。おまえも中二病かよ」
「いや、それはお前の発想だ」
 
けれど木村は否定はしなかったし、少したってから、
「まあ、よく考えたら鳥もいいな、確かに」と言った。
 
 
今の自分ではない何かになりたい、と思う気持ちは共通だから。 だからそれ以上は、何も言わずに。
 
 
水は木村の指を濡らした後、軽く振る動作で世界にばら撒かれる。限定的で局地的な世界の空気に溶ける、世界の地面に落ちる。そしてそれらが世界を作る。
それ以外の要素は、指にうっすらと膜を作って肌の温度を奪った。
 
 
 
木村はしばらく時計を眺め、片瀬は目の前の歩道を見ていた。まだ授業までには数十分あった。
 
 
その時片瀬の目に、なにやら毛皮のようなものが見えた。歩道の向かいの茂みから、猫が出てきたのだった。
 
「おい木村、猫」
「よく学食で見かけるヤツか?…今日は近いな、腹減ってんのかな」
「あ、俺パンある」
「猫ってパン食わしていいの?」
「何も食わないよりマシじゃね?」
「あー、カツサンドならまず肉だけやれよ。で、欲しがるならパンもやれ」
「なんか詳しいのな。木村、猫好きだっけ?」
「別に。お前は好きそうだな」
「いや、あいつ可愛いし。触れるし」
「やってこいよ」
片瀬は立ち上がる。
「木村も来いよ」
「いや、いい」
「猫嫌いだっけ?」
「いや…今さっき水触って、手がめっちゃ冷たいから。猫冷やしそう」
「なんかもう、逆にすげー優しいのな木村…」
「ほっとけ」
 
 
片瀬がカバンからパンを取り出すと、猫の方から近寄ってくる。みゃあ。慌ててカツ部分を口で嚙み切り、手の平に一口サイズを乗せると、猫はガツガツと食べ始める。しゃがみ込んでパンを潰さないように気をつけて膝に挟み、片手で背中の短い毛並みをそっと撫ぜても猫は食べ続ける。片瀬はお代わりを要求される度に口元を汚しながら与え続ける。木村はそれを見る。
 
 
「片瀬、今のそれ」
木村が声をかけると片瀬が振り向く。木村はさっきより大きく笑っている。
「何?」
「片瀬が鳥だったら、即食われてんな」
「そしたら木村は飲まれろよ?」
「猫、お腹いっぱいになるな」
「ちょうどいいな」
 
 
水が世界を作っていて、人も鳥も猫もそれを飲んで生きる。水は飲まれたり乾いたりしても一瞬消えるだけで、全ての中に溶けてもう一度世界を作り直して循環していく。それは世界を飛んで生きるのと同義だろうと片瀬は思った。 
 
自分が憧れたのは不可能を知りながら生産性を高める一途さではあったけれど、水と人間が同じでそれがニワトリにも流れているのなら、いつの日かニワトリもふと飛べるようになるのかもしれない。上空から世界を再構築し始めるのかもしれない。
なんといっても、翼はすでにあるのだから。
そう考えると少しだけ、鳥も人間も変わらないような気がしてきた。
 
 
その時、二人が座っていたベンチの後ろのドアが開く気配がする。風が動く。木村は女子の嬌声を想像して内心で肩をすくめるが、片瀬は気がつかない。
 
誰かが来ることに猫も気づくが、思いがけずもらえた久しぶりの余り物じゃない餌に夢中で顔を上げようとしない。
 
見た目ではなにも、風景は変わらない。けれどドアはそっと開く。
 
そして二人に、静かな声が降ってくる。
 
 
 

短編小説の集い

novelcluster.hatenablog.jp

 

第18回目にして、三度目の参加です。よろしくお願いします。

 

今回は男二人の会話にしたので、会話を書くのが難しかったです。若い男の子って普段何話してるの?

書いていて今までになく恥ずかしかったのは、あれだ、腐の気配がそこはかとなく…いや、やめておこうぜその話題。もし腐の方がいらしたら、ぜひお聞きしたい。アリかナシか(おい)

 

普通の段落、会話だけの段落、ちょっとだけ描写を入れた段落、現在形の段落、色々書き換えてみたけれどそれらがどういう効果を生んだのかはちょっと把握できない。ていうか気づかれるのかも分からない。

 

三度目の参加なんだけど、自分が成長しているのかが全然分からない。もしかしたらとても、無駄なモノを人に読ませているのかもしれない。ごめん。

 

今回は、お題が発表されてからすぐに書き上げて、けっこうしつこく推敲をしています。冗長になってしまうことを危惧しつつも、勢いを削いで冷静に書こうとしてみました。

そしたら、出るわ出るわという感じに「ここ要らない」や「辻褄合ってない!」や「段落の順番おかしい入れ替え」など、直したいところがいくつも出てきました。

それで書き直した部分が、初期衝動を越えていることを願うばかりです。

 

細かいエピソード

童謡の題名は『恋するニワトリ』のようです。ここ、こーここーここーここーこここ恋は恋は恋。???

恋するニワトリ

恋するニワトリ

 

 

 

水についての描写は、ブランキーの曲からインスピレーションを得ています。


Salinger From last dance Blankey Jet City

 

生きてる時と死んでる時が実はそんなに変わらないとしたら

Baby それとももっとよかったりして

噴水飛び上がった水 落ちてしまうまで短いと感じるのか

それとも長いって感じるのか 

 

猫を出したのはただの趣味です。いかがでしたでしょうか?

大学時代、懐かしいな。

 

 

【過去の短編作品】

kimaya.hatenablog.com

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書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)

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