きまやのきまま屋

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男嫌いで林檎好き【短編】

タカハタは現在、絶賛彼氏募集中であった。
どのくらい絶賛かというと、サンドイッチマンのように体の前後に看板(白地にピンクで「絶賛彼氏募集中!」)をつけて街を闊歩したいくらい。もちろんタカハタは常識ある妙齢の女性なので、そんな看板はつけていない。だが心の中ではつけている。つけているつもりで生きている。
 
しかしむしろその性格の無愛想さから、周囲の人間から「男嫌い」と見なされていることにタカハタはここ十年間気づいていない。それがタカハタの一番の悲劇である。
 
 
タカハタはありていに言って他人に対して愛想がない。皆無である。そもそも他人にはあまり興味がない。他人が他人に興味を持っている、ということがいまいちピンとこないほどに興味がない。
愛想笑いや追従を言わないタカハタの竹を割ったような性格は一部の人間には大ウケするが、大半の人間からは煙たがられる。「何を考えているか分からない」と思われる。タカハタはその典型であった。
 
しかし本人には悪気もなければ自覚もなく、心の中で「絶賛彼氏募集中!」の看板を掲げながら、ただ黙っている。そろそろ看板だけでなくチラシすら配りそうな勢いで本当に募集中であっても、傍目からは平然と見える。単に内心が顔に現れないタイプなだけであるが、男と話していてニコリともしないため、平たく言うと「男嫌い」に見える。
 
 
そんなタカハタの目下の悩みは、郷里の母親から「どうしてうちの娘にはまともな彼氏ができないのか」、と月に一度電話口で泣かれることである。
タカハタの「絶賛彼氏募集中!」の理由の大半も実はここにあった。
 
タカハタは元来生真面目な性格なので、母親のことは大切に思っている。父親と一緒に林檎農家を営み、父親の反対を押し切ってタカハタを東京の大学まで出してくれた母親の期待には応えたいと思っている。彼氏の一人もできれば母親が安心すると言うのなら、今すぐ作るにも吝かでない。毎月泣かれるのが終わるならそれはそれでたいそう目出度い。
しかしできない、なぜか。
 
 
タカハタは大抵、そういうことを昼休みに後輩のトガシにつらつらと愚痴る。休憩室のテーブルには簡素なパイプ椅子が並べてあり、二人はいつも向かい合って座る。
 
「彼氏ができない理由が、ちっとも分からない」
トガシは人のいい笑顔で、いつも何か食べながらタカハタの話を聞いている。タカハタより三歳年下ながら唯一の異性の友達であるトガシは、仕事中以外、必ずと言っていいほど何かしら物を食べている。たまにタカハタにもくれようとするが、ジャンクフードが嫌いなタカハタはいつも断る。だからトガシはいつも一人でジャンクフードを食べている。だからトガシは平均よりもだいぶ丸々とした体型である。
 
 
そのまん丸な赤ら顔を見ているとタカハタはいつも、幼い頃に母親の手伝いで磨いた林檎を思い出す。
赤いね、丸いね、いいものだね。
 
 
ポテチで汚れた手を持参したウェットティッシュで拭きながら、トガシは答える。
「彼氏の前に好きな人でしょ、タカハタさん」
「お前はいつも難しいことを言う!」
「いやいや、ただの正論ですよ」
好きな人か、とタカハタは頭を抱える。タカハタは今までに人を好きになった記憶がない。タカハタが好きなのは林檎を作っている両親と、両親に隠れて甘い林檎をくすねてタカハタにくれた姉くらいだ。そもそも日常で会話する相手がトガシ以外にはいないこの状況で、どうやって人を好きになるのか見当もつかない。
 
自分は何か人として足りない奴なのかもしれない、とタカハタは急に不安になる。だいぶ遅いが、ようやく思い当たる。自分の鈍さと他人への興味のなさに気づいて、軽く絶望する。
 
絶望の表情を浮かべたタカハタを見て、トガシは慌てる。
「いや、アレですよ!本気になって探したらきっとできるますよ彼氏とかすぐに!」
そしてなぜか言った後に更にパニくった顔をするが、タカハタは気づかない。どんよりと答える。
「私はいつだって本気で生きてる…」
「ああ、それもそうですね…」
 
タカハタは本気で頭を抱え、膝を見つめて何やら呟きだした。トガシはそれを奇妙なものを見る目で見ながら、『気づかないものなんだなぁ、鈍いなぁ、そこが面白いなぁ、可愛いなぁ』とのほほんと考えている。
そしてあることを思い出して、ゴソゴソと自分の鞄を漁り始めた。見つけて、タカハタに差し出す。
 
「タカハタさん、元気出してください。これでも食べて」
タカハタは「私は別にお前みたいに、食べていれば幸せなわけじゃ…」と言いかけて、顔を上げて驚く。
そこには、綺麗にうさぎに型どられた林檎がてんこ盛りになったタッパーがあった。
「タカハタさんお菓子は食べないけど、林檎好きでしょ。剥いてきたからどうぞ」
 
あぅ、とよく分からない声を発してタカハタは固まってしまう。なんだこのうさぎ達。トガシが剥いたのか。男って林檎をうさぎに剥く生き物なのか。ますます分からなくなってきた。
「好きなものだけ好きでいたらいいんですよ、タカハタさんは」
トガシの声が妙に優しいので、驚いたタカハタはトガシの目をじっと見てしまう。
「彼氏ができなくても、男なら僕がいるじゃないですか」
トガシもじっと見つめ返す。そうだこいつも男だった、とタカハタは今更ながら思う。しかも林檎をタッパーいっぱいにうさぎに剥いて差し出してくれる男だ。うさぎ達を見つめてみると、なんだかキラキラと見える、気がした。
あ、見つけた。とタカハタは思った。
 
「トガシ、今度の週末うちにおいで」
「はっ?!」
「あ、うちじゃなくて実家の方だ。林檎を返すよ。だからこれは私が今から全部食べる」
「ああ、どうぞ。でも…。」
「林檎をもらう際には、うちの両親に挨拶を忘れずに」
 
トガシは戸惑っていたが、『両親に挨拶』の意味を理解したらしく急に頬を赤くした。けれどまさかあそこまで遠回しな告白にタカハタが気づくとは思っていなかった!と顔に書いてある。
しかしタカハタが告白された気になったのは、この無数のうさぎ達からだった。
 
どんどん赤くなるトガシの丸い顔を見ながらタカハタは、まあこいつは赤くて丸くて林檎みたいだしきっと母親は気に入るだろう、そして結婚してからもいつも林檎でうさぎを作ってもらおう、とニタニタと笑う。
 
 

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