こちらの記事を読みました。
頭が良い人ってどんな人?〜学歴=頭が良いとも限らない〜 - 心がよろけそうなときに読むポンコツ日記
なんだか自分の中でタイムリーな話題だったので、飛びついてみます。
昨日私リアルで「この人頭いいな!」って言ったのです。それは、こちらの本を読んで。
でも言った後に、「違う、この人(著者の外山滋比古さん)は『頭がいい』という形容はなんか違う」と思ったので言い直しました。
「この人知性があるな!」って。
話しかけられている夫にとってはどちらでもいい形容なのかもしれないけど、私はこの人の文章に「知性を感じる」ということが言いたかったのです。
そんな発言をした次の日に「頭が良い人って…」という記事を読んだので、「『頭がいい』という形容詞では何も形容できていないのと一緒だ…!」ということを再確認した気分になりました。
記事に書かれているように、学歴=頭がいいとは限らないと思います。
でもここで…ちょっとややこしいんですけど、この「頭がいい」っていう形容詞で言い表せるものって別に「勉強ができる」ということのみで、いいんじゃないかとも思うのです。
実際に現実で「頭がいいんだね」って人に言う時とかって(嫌味ではなく)、「勉強ができるんだね」という意味で使っていることが多いです、私の場合。
そうではなくて私が「この人頭がいいなぁ」と思う人っていうのは、その人の振る舞いや言動や文章に知性を感じる人、という感じです。
でもそういう時に「頭がいい」という形容詞を使うのは実はこちらの怠慢であって、本来ならばきちんと「この人知性があるなぁ」と言うべきなのです。
私自身がそこに違いを見出しているので、区別しないといけない。いけないわけじゃないかもしれないけど、自分で発言したことに自分で納得できなくなるので、区別をしていった方が自分で分かりやすい。
引用させてもらった記事も、「違いがあると思うんだけどうまく形容できない」という地点から出発していますしね。惑う人は、区別をした方がいい。
「頭がいい」という言葉があまりに頻繁に使われていて、メジャーになっているので使いやすいのだけど、それはもう本当の「頭の良さ」を表す言葉ではなくなっている、と私は考えています。(今日考えたことですが!)
条件反射のように「頭がいいなぁ」と言う(思う)のではなくて、「この人のどういう点が優れていると私は感じるのか?」をきちんと考えるべきなんだと。
(逆に言えば学歴に関しては、どう優れているのかを突き詰めて考える必要がないので、「頭がいい」という形容詞がぴったりなんだと思います。)
この「本当の頭の良さ」を、知性と見るか、洞察力や俯瞰力と見るか、コミュニケーション術と見るか、は個人の判断でいいんだと思います。
なので、ポンコツっ子さんの記事を楽しく読んだ上にみなさんのブコメが増えていくのを楽しみに待っています。
きまやでした。
『乱読のセレンディピティ』は本当に面白かったです。
外山滋比古『乱読のセレンディピティ』読了。知的活動についてあれこれ。文章の端々に知性を感じる…たまにヨレてたりするんだけど、リズムがいいのもあって意味はスルスル分かる(ということが外国語でも起こる、ということが書いてあるけど、体現してなさる)。散歩、知識よりも思考。
— きまや (@kimaya4125) 2014年5月24日
散歩すること、自分の頭で考えること、耳で聴くこと、知らない分野も読んでみることなど、ものすごく平たいのだけど大事なことばかり。ベストセラーの理由も分かる。御年90歳越えてるらしいのにこの明晰さ。
— きまや (@kimaya4125) 2014年5月24日