きまやのきまま屋

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寺地はるな『今日のハチミツ、あしたの私』がとても好きだ。

もうすぐGWなので、みなさんに本を勧めにきましたよ!

今日のハチミツ、あしたの私

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3月に文庫になったので再読したら、やっぱりよかった。

 

私はこれを読んで、そういうふうに生きてもいいんだ、と教えられた気持ちになったんだよ。

もう30代も半ばを過ぎたから、落ち着いて定住して家族を持って…なんてふうに人生がうまく進まなかった場合に!

(もちろん、人生うまくいっている人が読んでもとても良いと思う)

 

 

主人公は碧、30歳女性。カフェ勤めは好きだけど胃が痛い。彼氏について行って地元に帰ったのに、彼の父親から一方的に嫌われた挙げ句に無理難題をふっかけられる。でもハチミツに救われたり養蜂にハマッたり料理を工夫したりしてる間に彼氏と距離が離れてしまった、けれどもう友達と好きな仕事ができているから、その場所に住み続けちゃう。

 

碧は、もしかしたら少し変わっているのかもしれない。こんな人が友達だったら楽しいだろう、と思わせてくれる。

メモのいちばん上に、とりあえずごはんを食べる、と書いた。とにもかくにも、元気を出さなければならない。 p65

姉ちゃん必死だな、と憐憫の視線を注がれた。

「必死です」

必死でなにが悪いのか。 p82 

 

なかなか、こういう風に割り切って生きることができない人もいるんじゃないだろうか。

人は文句を言う生き物だ。とりあえず、グダグダと色々言う。

 

碧も言うけど、自分が論点じゃなかったりして。

清純派。こんな時に、と自分でも思うが、どうしても気になる。清純とは、そのように白樺派とか印象派のように分類するようなものなのか。  p208

 

グダグダの方向性が違う。自分のことを慰めたり弁解したりのグダグダはなくて、こんなことを考えこんだり昔話をネタに喋りすぎたりする。あのシーンほんと碧、喋りすぎじゃない?

 

碧ほど必死にはなれなくて、でも報われたくて、思うようにいかなくて辛い思いをしている人を知っている。まずは行動しようとする姿勢は碧の、生来の美点のように思える。

 

でも、碧はこうも言う。

「自分の居場所があらかじめ用意されている人なんていないから。いるように見えたとしたら、それはきっとその人が自分の居場所を手に入れた経緯なり何なりを、見ていないだけ」 p162 

人を羨むとか自分が嫌になるとか、そんなことの前に、他人の苦労に思いを馳せることができるのがこの物語の主人公だ。

だから元気を出して必死になる。自分の居場所を、自分で手に入れるために。そうするしかないと知っているから。 

これを、碧はそういう性格だから、とだけですませてしまうことはできないだろう。

考え方を獲得したんだ。

 

不遇だった学生時代をくぐり抜けて今があって、親とは今もちょっとアレだけど、まあなんとかやっていく。大事なところで黙ったり敬語になったり、よく分からないタイミングで喋りすぎたりしながら。

 

碧の精神が、考え方がとても強いのは、やっぱりハチミツがあったからだった。そのへんのあれこれは、ぜひ本を読んでみてほしいと思う。

 

幸せかどうか、というのは、そんなに大切なことなのだろうか。現在の碧にとっては、幸福も不幸も単なる人生のオプションだった。 p234

幸不幸で人生をジャッジしないの、とてもいい視点だと思った!

 

あと私ぜんぜん安西のこと好きなんだけど。ああいう人めちゃくちゃ可愛いよね、絶妙じゃない?私ぜったい安西と別れたくないよ?

ツイッターで安西がダメ男って言われてて真顔になりました。私は好きです。

 

 

濃い色をしたハチミツを垂らしたパンケーキをガッツリ食べる碧の描写が、凝り固まっていた私の脳をほどいてくれた。

今日のハチミツ、あしたの私 (ハルキ文庫)

今日のハチミツ、あしたの私 (ハルキ文庫)

 

単行本の表紙も好きだったけど、美味しそうな文庫の表紙も、いい仕事してる〜〜。

 

とても正直なことを書くと、ハチミツを読んでいなかったら、私は今も怖がり続けて生きていたかもしれないと思う。

読んでよかった、ありがとう。

 

 

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