4月18日に、村上春樹9年ぶりの短篇集『女のいない男たち』が発売された。
雑誌掲載済の5作品+書き下ろし1作品という内容で目新しい作品は少ないものの、発売前からいつものように予約殺到、先月の時点で重版が決定している。
村上春樹、9年ぶり短篇集『女のいない男たち』が発売前に10万部重版 | RBB TODAY
この作品の題名はヘミングウェイの短編集『Men Without Women』(1927年。邦題:女のいない男たち)へのオマージュだと言われている。

- 作者: Ernest Hemingway
- 出版社/メーカー: Scribner
- 発売日: 1997/02/21
- メディア: ペーパーバック
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- 作者: ヘミングウェイ,高村勝治
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1977/09
- メディア: 文庫
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一読した感想としては「再読しないかもしれない…」ということ。別に好きでも嫌いでもなく、普通だなと思ってしまった。時間をおかずに再読!というほどの熱気はない。
このあたりは数日前にレビューを書かれている(チェコ好き)さんの全体レビューで書かれている内容と、感触はほとんど一緒のようだ。
村上春樹『女のいない男たち』 全作品レビュー - (チェコ好き)の日記
【一部抜粋】
今回の短編集は、期待を上回ることもなく、下回ることもなく、「ああ、いつものハルキだな」といった印象の小説が集まっていたと思います。
なので、一読の段階で私が感じたことを書いていきたいと思う。けれど内容にはあまり触れずに感想・もしくは感想なしで雑記だけを書こうと思うので、ネタバレありの上に未読の人には不親切になるかもしれない。
基本的にたわ言を書きたいだけなので。
レビューを読みたい人はぜひ、(チェコ好き)さんのエントリーを。
ドライブ・マイ・カー
この作品は作中の表現を巡って、発売前に一悶着あった。詳しい経緯はこちら。
村上春樹の新作短編集「タバコポイ捨て」表現で抗議受けた箇所はどうなった?
あれだけ北海道が好きな村上春樹が北海道の悪口を言うはずはないのだが、住んでいる方々にとっては嫌な表現なのはよく理解できる。
町の名前は結果として「上十二滝町」になっていて、昔からのファンはもしかしたらこちらの方が嬉しいかもしれない。
(『羊をめぐる冒険』という著書で「十二滝町」という地名がキーになっている)
妻の死後に妻の浮気相手と仲良くなる心理、というのは複雑で興味深い。私がもし妻の立場だったらそうしてほしいような気もする。男性側の心理はいまいち分からない。
イエスタデイ
「まえがき」で詳しく書かれているが、こちらも単行本化の前に手が加えられている。記事はこちら。
春樹さん、イエスタデイ「替え歌」を大幅削除 : カルチャー : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
歌詞の消された部分については、ネットで検索すれば全文が読める。関西弁でナンセンスでなかなか味のある歌詞で、これはぜひ全文掲載すべきだったと思われる。興味がある人は検索してみると読める。
この作品は評判いいね。関西弁と村上春樹という点でも一読の価値あり。
独立器官
これを読んで私は村上春樹の昔の短編『嘔吐1979』を思い出した。残念なことに今手元にないので、読み比べができないけれど。
収録されているのはこちら。
何が似ているかと言うと「スポーツクラブで会った男性から恋愛についての話を聞かされる」という点だ。ただ、何かとうろおぼえ過ぎるので違ったら申し訳ない(指摘していただきたい)。
『嘔吐1979』では水泳、『独立器官』ではスカッシュという違いはあるものの、「僕」と「彼」は運動を通して週に一度ほど会い、そこまで関係は深くないもののお互い好感を抱いている。
この2作品を大きく分けるのは「彼」が本気かどうかである。
『嘔吐1979』の彼は本気じゃなく友達の妻や恋人と寝るが、一時期不思議と嘔吐するだけでその後は健康に生きている。嘔吐もあっけなく終わる。
『独立器官』の彼は本気で、夫のいる女性に惹かれる。けれど失恋する。そして死ぬ。
『嘔吐1979』に比べることで、『独立器官』の彼の純真っぷりが分かる気がする。っていうか本気になったら死ぬんだ…。
でも多分この作品の着眼点としては、私の見方は間違っていると思う。私は『嘔吐1979』が好きすぎて引き摺られてしまい、これはうまく読めなかった。でも一番好き。
シェエラザード
他の作品がすべて文藝春秋に掲載されたのに対して、この作品は雑誌「MONKEY」Vol.2に掲載されている。この雑誌は村上春樹の翻訳仲間(師匠?)の柴田元幸が編集している。表紙がいつも可愛い。

MONKEY Vol.2 ◆ 猿の一ダース(柴田元幸責任編集)
- 作者: 柴田元幸
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この『シェエラザード』という作品については、最後に色々書くつもり。面白い立ち位置の作品で、これだけ掲載媒体が違うということにも納得。一つだけ視点が違うようにも読める。
ちなみに私は「やつめうなぎ」という語感から「めくらやなぎ」を思い出した。
木野
本編と関係ないけれど、ひきこもりの人に読んでもらいたいと思った。あの「自分がどこにも結びついていない」という恐怖がよく描かれている。そりゃ絵葉書にメッセージを添えたくなるよ。
お店の描写がよかったので、今後もあのお店が通常営業できることを願う。「ピーター・キャット」(村上春樹がかつて経営していたジャズ・バー)がモデルだったりするのか、それともこれこそが村上春樹の理想のお店なのか。愛着がありそうな描写をされている。
終わり方は『眠り』っぽい。『眠り』は評判が高いらしく、不思議な装丁で数年前に再刊行されている。元作品は『TVピープル』に入っている。

- 作者: 村上春樹,カット・メンシック
- 出版社/メーカー: 新潮社
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- 作者: 村上春樹
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女のいない男たち
この短篇集で唯一の書き下ろし作品。短い作品なのだけど表題作でもあり、この短篇集を語る上で大きな役割を果たす作品だと思う。
ここまでこの短篇集を詳しく見ていて思ったんだけど、女たちはただ「いない」のではなく、その多くが「他の男と関係を持った結果、いなくなる」というシチュエーションばかりだった。女たちなりの必要に迫られて他の男に走ったようにも読めるが、ただの浮気女のようでもある。
『シェエラザード』では、主人公そのものが女の浮気相手である。
ちょっと事情がありそうなこの状況を浮気って言うのかどうか分からないが、もしシェエラザードの旦那さんが彼女の行動に気がついたら、それだけですぐ村上春樹作品の主人公になれそう。「彼女がどうしてその男と寝ていたのかは、僕には分からない」とか言いそう。
そしてシェエラザードは浮気もどきを楽しむわけでもなく、彼に「昔好きだった男の家に忍び込んだ」話を延々と語る。呪文のような言葉を繰り返す。なにがしたいんだシェエラザード。
翻って考えると、このシェエラザードの態度は、「もしかしたら他の女たちは、浮気相手の元でこういう振る舞いをしていたんじゃないか」、と想像してしまった。
短編『女のいない男たち』には、去る女性について、へんてこな描写が書かれている。
何かがあって、少しよそ見をしていた隙に、彼女はどこかに立ち去ってしまう。さっきまでそこにいたのに、気がついたとき、彼女はもういない。多分どこかの小狡い船乗りに誘われて、マルセイユだか象牙海岸だかに連れていかれたのだろう。(p270)
彼女は水夫の世慣れた甘言に騙され、大きな船に乗せられ、遠いところに連れて行かれただけなのだ。彼女は常に何かを信じようとする人だったから。(p271)
村上春樹の女性観が現われた文章だと思う。
「彼女」は特に何を考えているというわけでもなく、船乗りだか水夫だかよく分からない人種の「男」に連れ去られてしまう存在だということ。
そこに主体性はあまりなく、つまり女たちは「何も考えてない」んじゃないのかしら…と思ってしまったきまやでした。あくまで村上春樹の主観の中では。
まあ、考えこみ過ぎて直子みたいになるよりはいいよね、うん。
それでも船乗りたちの手を逃れて、冥土にまで行ってしまったりするんだけど。
まとまりないけどこのへんで終わります。ぼんやりと疑問が残りつつ不思議に居心地がいい、そういう短編集だと思う。
おすすめかというと、どちらでもない。私は10年後にまた読もうかと思う。
加藤典洋さんが評したという記事が読みたい。(辛口らしい)
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