彩瀬まる『不在』を読んだ
不在を読んでいてちょうど真ん中らへんにたどり着いた時、「こんなに欠けていて思いやりがなくて自分勝手な私やあなたにハッピーエンドなんて絶対に来ないよ!」って目の前が真っ暗になった。
私やあなたにはもう無理、と思った。
どうせ、何が欠けていたのかすら分からないままただ怖がって死んでいくんだ私とあなたは、と思った。
半分は当たっていたけど、半分は違った。これとこれが当たり、という分かりやすいことではなくてどれも半分ずつ当たって外れていた。
何が欠けているのかは分からなくても欠けていることが分かる、不在を知る。
怖いものは1つも去ったりしない、でも恐怖は私次第で薄れる。
そんな話。
彩瀬まる『不在』読了。性格悪いゆえに信頼できない語り手みたいな立ち位置になるアラサー主人公の描写すばらしい。親子ネタなんだけど自立に絡めて夢についての話でもあり、もちろん愛情の話でもあるわけで、でもやっぱり親子ネタで泣けた。あと彼氏のキャラいいよね。でもそこはね!もう!
— きまや (@kimaya4125) 2018年7月13日
『不在』あらすじ
主人公・明日香は31歳、漫画家として少し成功しつつあるところ。小学生の頃に両親が離婚して以来、行き来のなかった父親が死に、かつて住んでいた立派な屋敷を相続する。
それはそうと、母親から愛されている自信はないし父親なんてもっと分からないしお兄ちゃんは選ばれたけど私は選ばれなかったしお祖父ちゃんは立派すぎて怖かった、と思って生きている。父の遺産整理はめんどくさいけど、痛くて甘美な面もある。
小劇団のトップ俳優・冬馬を期間限定ヒモにしていて「正しく」支えてるんだからこのまま結婚したい。次の漫画はハッピーエンドにしたい、だって今から現実もハッピーエンドになっていくでしょう?
というふうに、ミステリの「信頼できない語り手」みたいに、思い込みと偏見をまき散らかして話を進める主人公。でも彼女に悪気はない。
ただ読んでいると、妙に没頭できないというか、主人公今悲しんでるけど相手の方がきっつい場面じゃない?とか、いやちょっと何を言っているのか分からないです明日香さん、って言いたくなる場面がたくさん出てくる。
そういうのをふんだんに盛り込んで、さりげなく滑り込ませて、世界を作っていくのがとてもうまい。
ここまでが、前半。
上記のような前半を経て、
あとは子供でも産めば、私の人生は祖母も母も届かなかった次元で丸く豊かに完成する。(p127)
とスキップしている明日香。が、すぐ数行後に
なにも怖くないはずなのになにかが怖い。
と怯えたところが、冒頭の、「私とあなたには絶対無理!」と叫んだところだよ。
そしてそこから物語は怒濤の転がり方を見せるよ。予感は、半分当たって。
読み応えのあるポイント
- 祖父をトップにした家族関係の詳細
- 冬馬と語られる「愛」について
- 父親を通り抜けた女性たちの報われなさ(母と娘)
- 明日香の無意識の上から目線
- 自立するということ
- 自分のことを自分で選び取ること
- 言いなりにはならないということ
- 忠誠
などが、注目ポイント。
誰しもどこかを、あるある、と思えたりするんじゃないかな。
けっこう詰め込まれている感じなので、重いかな-。私は母親が退院する日のところで号泣したよ。
個人的なひっかかりは冬馬とのやり取りの方が濃いんだけど、母娘問題はさすがに彩瀬まるの手の平の上で転がるしかないのだ私たちは。『あのひとは蜘蛛を潰せない』の時からそうだったでしょう?
その代わりに、暴力の話は片付いたとしても(片付いていないかもしれない)、
愛することは信じることか?味方になるとは?みたいな問題提起がまだ解決されていない感じがあった。
ラストにあの状況で対峙すること、必然性を感じた?私感じなかったんだけど。ちょっとポカンとしてしまった。
もちろんお互い頑張ってるよねって終わりでいいんだけど、ちょっとついていけなかったので、たぶん次回作でこういうところに焦点を当ててくると思う。
これからも注目してます
彩瀬まるは、一貫してずっと人間関係の細かいところを書いている。
長編では主に親子関係にライトを当てて来ながら、短編では、少し関わりができただけのお仕事関係を書いたり、淡い憧れの延長でしかない恋を書いたり、煮詰まりかけた夫婦を書いたりもしている。
書き切っていないのは、がっつりとお互いにのめり込む系の恋愛の話か…たぶんこれは「男を駄目にするしっかりした女性」の系統になるんだろう。支えるとか創作とかがキーワードで。(『神様のケーキを頬ばるまで』「龍を見送る」にも片鱗がある)
でも彩瀬まるは天才だから、予想を超えてくるかもしれない。
あと、意外と兄弟姉妹テーマの濃い話くるかもね、と思っている。
一回ノンフィクションに戻っても面白いかもしれない。長編たくさん読みたいから支持できないけど。あーでもそろそろエッセイの流れかしら。あまり幻想小説に行かないでー。
だからこそ、この『不在』が。
著者の久しぶりの長編であって子育ての大変な時に気力を振り絞ってイキってるアラサーを書いたであろうこの本が、評判にならないと、取り返せない失敗だと思うんだ文学(本気)
『不在』について語るときに彩瀬まるの語ること
参考としてご紹介。
『不在』についてのインタビューで、彩瀬まるはこう語っている。
人を愛することって、本来良いことですが、誰かへの愛着が人格をねじ曲げてしまっている状態の人って、自分も含め、割と多くいると思うんです。
(『ダ・ヴィンチ 2018年8月号』)
これを読んで「耳が痛い」と思わなきゃ嘘だ。自分のことだと思わなきゃおめでたい人だ。先に自分の身近な人のことが思い浮かんだりもするだろうけど、その人のことを思い浮かべている私もまたねじ曲がっている必ず、鏡のように当たり前にだってそれは鏡だ。
また、南Q太との対談では、
今の人たちだってきっかけ一つで起こりうることだとも思いました。コミュニティにヒエラルキーができるって普遍的な話なので。
と、これは作中の家族形態の話。
叔父の躍進とか読んでて震えるものがあったよね、こういう視点だったんだなぁ。
https://twitter.com/maru_ayase/status/1009668620299849728
『不在』のp245の後半、最初からぜんぶ許されていたのに今だって許され続けて理由だってもらえて、許されていたのはこちらだけじゃなくて、でも決してこのままここで許されて完結したらいけない話題っていう構成が深い。
— きまや (@kimaya4125) 2018年7月17日
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