- 彩瀬まる『くちなし』が文庫化されてるよ!
- 「愛のスカート」あらすじ
- 恋に落ちる瞬間のアホさ加減
- ストーキング(収集)の健全さ
- 季節を終わらせるには「言語化」
- 才能によって愛を具現化した、あとは二度と触るな
彩瀬まる『くちなし』が文庫化されてるよ!
文庫化されています。表紙が素敵。
こちらの『くちなし』は、直木賞の候補になった作品です。受賞はしなかったものの、それとは違った「第五回高校生直木賞」を受賞しています。
高校生は『くちなし』のどこに共感した? 高校生直木賞 前回受賞者・彩瀬まるさん講演会レポート(1) 第5回 高校生直木賞全国大会 | 高校生直木賞 - 文藝春秋BOOKS
でも、そういう日常から大きく乖離した幻想的な作品は、読み手に負荷をかけ読者を選ぶ、と言われて、しばらくは書くのはやめていたんです。今回、「好きなものを書いていい」と言われて、満を持して書いたのが『くちなし』でした。
あと、文庫の解説が、千早茜。
買いですね!!!
こちらの短編集の、「愛のスカート」というお話がとても好きなので、紹介させてください。ギリギリにネタバレなし。…半分くらい?
絶妙な色合いの写真が表紙。
「愛のスカート」あらすじ
「いい意味でとんがった部分がない」カットをする、と評される美容師・ミネオカ。彼女が常連に頼まれてヘアカットに出向いた鎌倉の古民家にいたのは、高校の頃に好きで1ヶ月だけ付き合ったクラスの変人・トキワだった。
トキワは新進気鋭のデザイナーになっていて、完璧で不健全な恋をしていた。人妻に。
そんな夏が!
始まって終わる!!!
その始まり方と終わり方が美しくてテンションが上がるしかない短編です。
恋に落ちる瞬間のアホさ加減
夏が始まる前にそもそもの恋の始まりを押さえておきたいんですけど、2人の出会いは高校一年生。
P71で高校生のミネオカは、トキワに思ってもいなかったことを言われます。それが、己を見透かされたようで、突き放されたようで、興味なさそうなのにかすかに馬鹿にされたようで。
……そういう「今までに言われたことがなかったことをスッと目の前に差し出してきた異性」に惚れがちな単純な人って、いるよね……!
全然、いいこと言われたわけでもないのに。
それを言われたことについては、単に驚きと、憤りと、自分への失望と、新しい世界の発見、を感じたということでしかないのに、…たぶん「自分への失望」を裏返して「相手への期待」にしちゃうような(読み方の性格が悪い)
このアホっぽさを文字で読めたのは良かったなぁ。
たとえば私は高校二年の時にこれをされて、でもああいうのって醒めるのも早いパターンあるので、もうね、ただ迷惑ですからね。
思ったことくらい好きに言わせてくれよ(私信です)
私の初めての恋にはこんなふうに、屈辱と憧れが混ざり込んでいた。(P72)
私は、この時点ではミネオカは特にトキワに恋をしていなかったと思います。その後の行動も乙女っぽさを分かりやすくなぞるだけだし。
ストーキング(収集)の健全さ
ただ、高校生のミネオカと現在のトキワがリンクしてしまうのが、相手へのストーキング行為。
相手のちょっとした小物を盗むといったかわいいもの…なんて言ってられない、犯罪なんだけど。トキワは不審者扱いされているし。
ていうか出されたゴミ袋を持ち帰ってない…?
相手に危害を加えるつもりもなく、無意識に周辺情報をほしがり、手に入れてしまう横暴さは、独りよがりだけど健全かもしれないですね。
一人でやっているうちは、いいかな?
表に出てくるなよ?
そのトキワのストーキング収集癖を一瞬で見抜き、室内の隠し場所まで見抜き、品物を検分して「わかるー」とか思っちゃうミネオカがちょっと怖い。
いい大人になって真夏に何をやっているんだ!
季節を終わらせるには「言語化」
トキワもこのままでは、好きな人のゴミを収集しちゃう変な社会不適合者、で終わってしまう。
そこに意味を与えてしまったのが、再会してみたらまだトキワを忘れられていなかったミネオカ。
なんの因果?って思ってしまうけれど、それにもミネオカの性格が大きくかかわっているからこそ、という描写がちゃんとある。
好きな人に対して何もしようとしないトキワに苛立って、ミネオカはある有益なアドバイスをします。言わんでもいいことを言う。自分の好きな人が他の人と仲良くなっちゃうようなアドバイスを、する。
そしてミネオカはこう独白する。
でも、これが最適解だ。ただのつまらない優等生として周囲の期待に応え続け、褒められることを求め続けてきた私の、他人の不満足を見破る能力は伊達ではない。(P82)
ミネオカとしては不本意だったかもしれないアドバイスが、トキワを動かして、更にミネオカを不思議な場所に置きます。
それが「ここにいてもいい」という、彩瀬まる最新作『さいはての家』につながっていくモチーフでもあると感じました。
このモチーフがあるからこそ、この短編はただの恋愛ものではない。
ここ注目してほしいなと思います。初読では私は読み逃して、話の奥行きが分かっていませんでした。再読で震えた。
子供の頃にはなかった場所だ。(P87)
「つまらない優等生」であったことを誇りに思えばいい。その場所にいられるんだから。
才能によって愛を具現化した、あとは二度と触るな
そしてトキワが一念発起して、その結果については彩瀬まるの描写力が存分に発揮されてもうとても美しい世界が広がるんですよ。
季節も庭も主婦も布も、とてもきれい。
確かに、トキワには才能があった。
けれど、惜しい。トキワが具現化したいと思った情景は「春」なのに、出来上がっているものは、どう解釈しても、「秋」。
出力を間違ってるよ、トキワーーー!
「触れられないものしか好きになんない」んじゃなくて、思い込みとヒロイズムが強いんですあなたは。だから本当は、ミネオカと同類なんだよね。
でもそれを指摘しない(もしかしたら気づかない?)ミネオカは、ここでトキワに触れない。私はどちらでもいいと思うんだけど、どちらかを選択することが必要だったのかもしれない。もしくは意地。
だからこそ、しっかりトキワの友達になります。これは愛だ、愛のスカートだ、と思いながら。同じ価値観を共有する道を選ぶ。
そしてラスト。
受け手のないまま、とめどなくあふれ広がる私たちの愛は、これからも世界を鮮やかな色で染めていく。(P94)
誰も受け取らないから、止まらないで、どこまでも広がっていく光景。
そういうものがたくさん交錯しているから、世界は彩りに溢れているんだろうね。
※『くちなし』は短編集なのですが、『愛のスカート』はむしろ異色で他の作品からちょっと浮いてて、他の作品は意外にかなり幻想文学だったりします。
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