(2023/09 更新)
少し前に芥川賞候補になった『旅する練習』が、私のTL上で異様に評判がよかったので、乗代雄介(のりしろゆうすけ)さんを読んでみました。
…すごく不思議な感じのする作家さんですね…
今から読みたい、という人のためにオススメ5選しておきます!誰かの参考になれたら嬉しいです!
- 1.旅する練習
- 2.最高の任務
- 3.皆のあらばしり
- 4.本物の読書家
- 5.デビュー作『十七八より』
- ブログが本になっています
- 2021年の新作たち
- 2022年の新作『パパイヤ・ママイヤ』
- 芥川賞候補作『それは誠』(2023上半期)
- エッセイ
群像出身の方です。わかる。ということで小説はオール講談社。ラストのだけ国書刊行会、渋い。好きな順に並べたので刊行順にはなっていません!
1.旅する練習
これは、ネットが盛り上がる意味が分かる。受賞してもよかったのでは…?の第164回芥川賞候補作。
そして三島由紀夫賞を獲りました!
第34回三島由紀夫賞は、
— 新潮社出版部文芸 (@Shincho_Bungei) 2021年5月14日
乗代雄介『旅する練習』
(2021年1月講談社刊)
に決定いたしました。
表題作のみ収録の一冊。ノンシリーズ。 今から乗代さんを読む人にダントツでおすすめしたいです。
・あらすじ…小説家を目指している主人公は、中学生になる姪っ子・亜美(あび)とサッカーの練習をするのが日常。けれどコロナ禍でなにも予定が立たなくなった春、2人で小説とサッカーの練習の旅に出かけることにした。
我孫子から鹿島まで、できるだけずっと書きながら蹴りながら。
こういうのロード・ノベルって言いますかね。(参考記事:読んだら旅に出たくなる旅小説を集めてみた8選 - きまやのきまま屋)
亜美はボールさえ蹴っていればたいてい機嫌がいい。私が書いてさえいれば機嫌がいいのと同じように。
P17
仲良しの叔父と姪。そして亜美の言動が元気いっぱいでかわいい!明るい性格のサッカー少女ってこういう感じなんだなぁ。生き生きとしている。
そして途中で悩める女子大生「みどりさん」に出会う。亜美が懐く。みどりさんも「わぁ、生き生きしてんなサッカー新中学生…」って思ったと思う。
出会ったことで、亜美とみどりさんは、考える。
亜美はきっと、もっと上手くなりたいと願っていた。自分自身で求めたもの。求めること。それだけを考えて生きること。生きたこと。先の見えないこんな状況は、それを考えるのに適していると言ってしまっていいのだろうか?
P81
このあたりちょっと保坂和志っぽいですね。で、コロナ禍の感じが出ている。コロナ禍ロードノベルでした。
また、「優等生タイプで生きてきちゃったから逆に誰からも好かれていない気がする」みどりさんの煩悶も分かる、気がするけれど、この本ではやはり亜美が素直に真理に到達しました。
あたしが本当にサッカーについて考えてたら、カワウも何も、この世の全部がサッカーに関係があるようになっちゃう。(中略)本当に大切なことを見つけて、それに自分を合わせて生きるのって、すっごく楽しい。
P138
一方で「私」は景色をスケッチのように描写して文章に落とし込みながら、柳田國男や小島信夫に思いめぐらせ、考える。
本当に永らく自分を救い続けるのは、このような、迂闊な感動を内から律するような忍耐だと私は知りつつある。この忍耐は何だろう。
P104
書き続けることで、かくされたものへの意識を絶やさない自分を、この世のささやかな光源として立たせておく。そのための忍耐と記憶
P130
旅をしながら精神的に成長していく少女、自分を見つめ直して就職に挑もうとする女子大生、たんたんと描写する「私」。
この「私」の書くものが「旅する練習」という小説そのものなんですが、たまに時間がブレるんですよ。
リアルタイムで書かれていた、景色を描写した記述が入り、亜美の日記も登場するけれど、どうやら私の時間軸の中心は旅の終わった後にあるらしい。5月頃。
それには理由があるんですけど、まあそれは最後に分かってしまうのでいいとして、
こうやって時間をズラすことによって全期間の感慨を含めてこようっていう書き方がニクいですよね。奥行きが出るというか、思考が重ねられる。
時間が進めば進むほど、人は起こったことに対して色々なことを考えるものだから。
(読み進めていくと、他の作品でもそういうことをしていらっしゃる作家さんでした)
ここが好き。
ただ大事なのは発願である。もう会えないことが分かっている者の姿を景色の裏へ見ようとして見えない、しかしどうしようもなく鮮やかに思い出されるものがある。
P156
話題になった『旅する練習』すごく好きなので、これが一番オススメです!
でも「読後感さわやか」というわけではないので、うん、ゆっくり読んでください。
乗代雄介『旅する練習』読了。小説家を目指す叔父とサッカー大好き姪っ子が、コロナ禍に歩きでプチ旅行。書きながら蹴りながら練習の旅。本人が語る論理もだし、出会った人と姪っ子の考え方が柔軟なのがすばらしかったな。最後…。読みながら知りながら動きたくなるものばかり書く人なのね。
— きまや (@kimaya4125) 2021年3月23日
2.最高の任務
中編が2つ収録されています。
- 生き方の問題
- 最高の任務
タイトルが絶妙にいいですよね。読み終わってから振り返るとさらにいいんですよ、これが。
・『生き方の問題』あらすじ…小学生の頃に「おばあちゃんち」で年に数回会っていた年上の従姉「貴ちゃん」に、僕はずっとほのかな憧れを抱いていた。貴ちゃんがアイドルとして活動を始め、結婚して子供を産み、離婚したことを知っても。そして社会人になった僕のところに、貴ちゃんから電話が来て、久しぶりに田舎で会った夏の日。
のことを、一年後に手紙に詳細に書く。
読んでいて、あれ?と何度か思ったんですけど、ずっと手紙なんです。
その日の描写も今の感慨も混ぜて、相手に語り掛け、時空を飛び昔話をし、山を登っていても彼女を眺めていてもずっと一年後からの手紙。それを彼女が読む、たぶん読むだろう、という前提で手紙。
すごくない??
書簡モノ好きにはたまらないです。面白かった~、そして情念でした。
・『最高の任務』あらすじ…阿佐美景子サーガ。敬愛していた叔母・ゆき江ちゃんが亡くなったショックで留年した私の一年遅れの大学卒業式に、なぜか家族全員が来ると言う。そしてランチの後、急な卒業旅行が始まった。「あんたの小学五年生以来の卒業」と言う母と、事情を知っているらしい父と弟と一緒に。
私はこの目に映る景色について書くことが好きだ。思弁や回想を長回しするよりずっといい。こういう考えだって、叔母が巧妙に根付かせたものだと思えてならない。
p131
こちらは日記文学です。主人公が小学五年生の頃から書いている日記(叔母のゆき江ちゃんが書くように勧めてきたから、ゆき江ちゃんが読もうとしてくるのを楽しみに書き続けた)の描写を、今の主人公が読みます。
また、叔母が亡くなってから書き始めた部分もある。大学休学中に叔母と行った場所を一人で再訪して、記憶を蘇らせながら書いた文章。
それを読み返す「今」の私、を書いている私の文章がこの小説。これまた多重的に。
慕っていた(教育係を兼ねていた)叔母が亡くなった事実に打ちのめされてしまう。けれど叔母が残したもの(仕掛け?)によって現実と共存できるようになる、ための家族旅行。家族のキャラクターも面白いです。
自分を書くことで自分に書かれる、自分が誰かもわからない者だけが、筆のすべりに露出した何かに目をとめ、自分を突き動かしている切実なものに気付くのだ。
p174
乗代雄介『最高の任務』読了。書簡モノ好きに勧めたい年上従姉妹との一日「生き方の問題」は、ゆるく情念で文学っぽい。日記ネタ好きに勧めたい叔母と姪と家族の卒業旅行「最高の任務」は、頭の中がぐるぐるしてくる記憶。どちらもよく運動したり風景を見たりする。描写と行動!
— きまや (@kimaya4125) 2021年3月16日
ジャケも好き。『最高の任務』の方が、第162回芥川賞候補作品(2019下半期)。
3.皆のあらばしり
2022年に発売になった新刊『皆のあらばしり』を読んで、このランキングを見直しました。
『皆のあらばしり』、ベスト3入りです!!
第166回芥川賞候補作。これでも獲れないの?他の候補がよかったパターンか。
表題作のみ、そんなに長編でもないノンシリーズで歴史探索モノか、地味だな…と思いながら読み進めたら、いい感じにどんでん返しされて、とてもサイコーの読書体験でした。
高校生の主人公でも恋愛に寄せないところがまた、いい。知識欲が生きる源である、と。
乗代雄介『皆のあらばしり』読了。幻の紀行文書を探す謎の博識おじさんと、付き合わされる歴史好き高校男子。うんちくを聞きながら青年は色々考えるし潜入調査もやっちゃう。マニアック歴史探査かと思ってふむふむ読んでたら、ラストにどんでん返されて私ニッコリ。
— きまや (@kimaya4125) 2022年2月23日
「青年はえらいわ」とそれを見透かしたように言う。「この世はな、知らんことには、 自分が知らんという理由だけで興味を持たれへん、それを開き直るような間抜けで埋め尽くされとんねん。せやから、自分の知っとる過去しか知らずに死んでいきよる。 八十でくたばる時に考えるんは八十年間のこと、つまり頭からケツまで己のことや。己のことを考えるから苦しむっちゅうことに気付かず、今に通用する身の振り方だけ を考えて、それを賢いと合点して生きとんねん。情けない話やのー。青年が、そんな退屈な奴らを歯牙にもかけんと生きていけるよう、わしは願うばかりやで」
ぼくは勉強しなければならないだろう。この男のようにとは言いたくないけれど、この男ぐらいに、知識を溜めこんで、自在に使わなければならない。
(P64-65)
『本物の読書家』に出てきた男を彷彿とさせる、関西弁のなんか物知りなよく喋るおじさん。いいキャラです。
でも、対する高校生も負けていませんよ。ふふふ。
歴史が好きな人はこれから読み始めても楽しいかも。聖地巡礼も捗ります!
4.本物の読書家
中編2つです。『本物の読書家』は第40回野間文芸新人賞を獲っています。この本は、固めな話が好きな人にオススメ。
- 本物の読書家
- 未熟な同感者
・『本物の読書家』あらすじ…親戚に面倒をみてもらうより知った土地の老人ホームに入りたい、と言う高齢の大叔父を、主人公が電車で送り届ける。
どうして僕なのか?とは思わなかった。なぜなら大叔父は「川端康成からの手紙を持っている」ことを示唆していて、その価値がわかるのは親戚内で僕だけだから。
しかし送り届ける電車内で、不可思議な男と乗り合わせる。男と僕は愛読書が一緒であった。メジャーとは言えない『黒い笑い』。めっちゃマニアックな話が展開していき…。
- 作者:シャーウッド・アンダソン
- メディア: -
文学ネタが好きな人はとても好きそう。
川端康成からナボコフまで。しかしこの共通点ちょっと気持ち悪いな。色々と引用も挟みつつ話が進んでいきますが、同乗者(関西人)のキャラが濃い!
https://twitter.com/siteki_meigen/status/1374342386248081408
最後のネタばらしにけっこう驚きました。主人公もびっくりしています。
ちょっとだけ「これは自伝なのか?」と思う描写がありますが、まあ、違うんじゃないかな。
今、わたしは一つの確信を得ている。それは、もしも「事実は小説より奇なり」だとするならば、その事実の構成員に本物の読書家は含まれないというものだ。本物の読書家は事実の中に棲まうことを拒否すると言い換えてもよい。
p107
・『未熟な同感者』あらすじ…敬愛していた叔母を亡くして無気力になってテキトーに入ったゼミで、妙に博識な教授と、圧倒的に綺麗な同性のクラスメイトに出会う。教授にはおかしな噂があり、クラスメイトは美人すぎる。
これ主人公の女の子、『最高の任務』の子ですよね。つまり阿佐美景子サーガ、大学生活編!あの子、学校ではこんな感じだったんだなぁ~。
こちらも色々ややこしいです。
主に描写されている授業の内容が、サリンジャー・カフカ・フローベールなどでややこしいし(でも文学の授業ってこんな感じだったね、ほんとに)、美人のクラスメイトは『南方録』を10年間読み続けていて、叔母の遺した蔵書は莫大。
しかしその絶望は、絶えざる探求が本当に行われていると心から信じられるような瞬間に感じる無限性ゆえに、またその探求に用いた言葉の独立性のなさゆえに、よほど希望に似てくる。
P209
世間(というか面子の濃いゼミ)で揉まれた主人公が考えることが、さまざまな引用に囲まれていて、ヘンテコな世界でした。
理解しようと追いすがる。『最高の任務』と構造が似ていますね。阿佐美景子サーガのテーマなんでしょう。
参考文献が1ページ半あるタイプの小説。じっくり迷いたい人はレッツトライ。サリンジャー論が好きな人なら絶対楽しめます!
22年7月に文庫化されるそうです。
5.デビュー作『十七八より』
デビュー作であるこちらもおもしろかったです。群像新人賞受賞作。
『最高の任務』、『未熟な同感者』と同じ主人公で、高校時代!ここまでくるとすっかり景子ファンになりました。
つまり、いわゆる「阿佐美景子サーガ」の最初の作品です(刊行順としても、主人公の年齢でも)
とにかく、許されてるって思いながら何かすることがいやでいやでたまらないの。許されなきゃ何もできないみたい。何でも許されたがってるみたい。ほんとはぜんぶ許されることを知ってるみたい。これって神経症?」
「文学よ」と叔母は言った。「退屈でしょう」p129
乗代雄介『十七八より』読了。景子ちゃんの高校時代(の回想)。ゆき江ちゃんが生き生きしていて、遡って読んできたので感慨深いものがあった。身の上話を否定し、許されることに敏感で、ややこしくて細かなことを言い続けるのが良いよね。
— きまや (@kimaya4125) 2021年3月26日
文庫になっています!表紙かわいい。部屋のイメージぴったりですね。
ブログが本になっています
kindleだと、まさかの分冊になっています。
これをまだ私は読み切れてなくて!物理本はとても分厚いです。。。
こちらは小説ではなく、書評集…というよりブログの単行本化のようです。
一人きりで15年以上書き続けたブログが書籍化されるまで(寄稿:乗代雄介) 週刊はてなブログ
元のブログはこちら。はてなブログにいらっしゃいます!
2021年の新作たち
2021年の12月に2作品出ました!
ベスト3に入ったこれと、
書評半分、フィクション半分のこちら。
(フィクションをメインに読んでいるため、こちらはまだ読み途中ですので、読んだら紹介しますね!サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の博物館の話が出てきて、興味深いです)
2022年の新作『パパイヤ・ママイヤ』
2022年の一冊目は、表紙が真っ黄色なこちら。色にもちゃんと意味がありますよ!
乗代雄介さんの新刊『パパイヤ・ママイヤ』の推薦文を、町田康さん、植本一子さんと共に書きました。干潟の情景描写に惹きつけられます。ぜひ! pic.twitter.com/uj5HN4hzom
— 東直子 (@higashin) 2022年5月19日
推薦文を書く人のラインナップが絶妙ですね。なぜ植本一子さん?と思ったら、『パパイヤ・ママイヤ』では写真が重要なモチーフになっていました。(あと、植本さんが自費出版の日記で『旅する練習』を絶賛していました)
この推薦文がぜんぶ濃いので、ぜひ読んでみてください。
『パパイヤ・ ママイヤ』刊行記念SPECIALレビュー | 小説丸
こちらはサーガではなく、ノンシリーズ。高校生は主人公だけど景子ちゃんではなく、パパイヤとママイヤというハンドルネームの二人の女子高生が、干潟で待ち合わせをするところから始まります。実在の干潟らしいです。
バレー少女で健康的で、でも家に問題を抱えているし学校に馴染んでいるものの違和感があるパパイヤ。
あまり自分のことを語ろうとせず、異様に干潟の周囲に詳しいママイヤ。
この二人のひと夏の思い出、心を開こうとしないのに寂しがりなママイヤが
わたしの人生を使ってこの体や頭がけりをつけようとしている色々とはあまり関係なく、わたしはこの時、彼女を親友と思うことに決めた。
P175
と決めるところまで。
探し物をしながら海辺を巡りバスに乗ったり、ロードムービー感もあります。百合ではないですね。高校生くらいってこれくらい距離近いこと多い。ただ、ママイヤからの描写はときめいたりもします。健康になめらかに体を使える人への憧れ。
シスターフッドというほどの連帯でもなく、辛い人同士が惹きあって友達になる、シンプルで深いストーリー。
写真も音楽もモチーフとして出てくるんですが、この小説はけっこう実験的で、写真も音楽も文章でやっちゃいます。
この描写にはちょっとびっくりしました!乗代さんやっぱり強いぜ。
私の好みではおすすめ5選には入らなかったけど、読後感さわやかでジュブナイルで、春夏に読むのにぴったりでした!
表紙が黄色いのにも理由はあった。
芥川賞候補作『それは誠』(2023上半期)
候補作にはなったものの、受賞はしませんでした。
ルーツに悩む少年の、修学旅行のドタバタ。友情メインのロードムービーっぽい。いい話だなぁと思いました。さくっと読めつつ、構成は凝っている感じ。
この作品に出てくる「叔父さん」は、カッコいいとか博識だとかはなくて、不器用だし主人公のことを忘れていたかもしれない。
でも「それは誠」って刷り込んでくれた、不器用なりに。
エッセイ
ベスト・エッセイ2023に載っていた「教えてあげたい」は、コミカルエッセイでしたね。乗代さんみたいに賢い人って、自意識も大変そう。
作家さんの読書遍歴はこちら。
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