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彩瀬まる『骨を彩る』を読むなら秋だ。つまり今。

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レビュー書こうと思って読み返すたびに涙ぐんでしまって進まない…と葛藤してたんだけど書けたから読んでいってね。もう秋きちゃったけど、まだ間に合う。

 

骨を彩る

骨を彩る (幻冬舎文庫)

骨を彩る (幻冬舎文庫)

黄色く染まったイチョウの葉が降るさまの、印象的な表紙。イチョウは作中で重要なモチーフになっています。

連作短編集。それぞれのあらすじと、印象に残ったフレーズを紹介します。

が、印象ってのは日によって違う!時期によって違うし状況によっても違う。付箋だらけになる本です。

 

彩瀬まるあるあるなんだけど、粛々と物語を積み上げていって、頂点周辺でふと心情を吐露して小さな謎が解けるとともに、わー!ってカタルシス。

粛々と言いながら過程も繊細なので、感じ入るところがとても多い。そこから崩されたり跳ね上がったりする、そんな究極の読書体験ができますよ。

 

指のたより

妻に先立たれて、中学生女子のシングルファザーがずいぶん板についてきた男性が主人公の「指のたより」。

久しぶりに恋人ができそうになったり、妻の夢を見たりする日々。

 

こわかった。そうだ、こわかった。痛めつけられて、俺はどうしようもなく悲しかった。(p27)「指のたより」

 

良い思い出だけを持っていたくても、悲しかった記憶は消えない。だから寂しいのに苦しいし、理解したくてずっともがいてしまう。妻が書き遺した言葉が重い、けれどそれには続きがあったんだよ。

 

古生代のバームロール

離婚して出戻り、家業を手伝いながら千代紙にハマる女性が主人公の「古生代のバームロール」。恩師の葬儀に出席したり、友達が悪徳エステティシャンになっていたりする日常。

 

あの子をきらわないで、どうやっていけばいいのか、もうわからない。(p83)「古生代のバームロール」

 

ちゃんとしていて助けてくれる友達を嫌いになってしまうくらい、自分が嫌いになることってないよな。

同窓会に行きたいけど行けない、行きたくもない、色々な人がいるだろう。許してほしいだけ、ちゃんとしていると思ってほしいだけなのに、友情はたまにこんがらがってしまうから。

 

ばらばら

息子のいじめに悩み抜き、夫から勧められた仙台旅行へ行く女性が主人公の「ばらばら」。義父との思い出をたどって、昔から「しっかり者」の自分について思い巡らせる。

息子の泣くタイミングが思っていたのと違う、息子が私みたいになってくれない、そんなやりきれなさがある。

 

「なんでか昔から、すかすかして、落ち着かなくて。足りないものを、補うみたいに、いつも力がはいって、て」

「いつか足りる、この変な状態が終わるって、ずっと思って待ってるのに、終わらないの」(p113)「ばらばら」  

 

ずっと終わらないんです…。どう折り合いをつけたらいいのか。他人から優しくされた記憶が支えてくれる、これから。

 

ハライソ 

世間的に見たらまあハイスペなのに自分に自信がないゲーマーの若者が主人公の「ハライソ」。真面目に働きつつ、夜な夜なゲーム内チャットで見知らぬ少女の悩み相談を受ける。けれど途中で相談が手に負えなくなって…。スペックだけ見て寄ってきた彼女ともうまくいかず、ただいつもゲームの中で塔のてっぺんを目指す。 

 

【イヤなことがあったら、助けてってちゃんとデカい声で言った方が良い。そばにいるいちばん優しそうな人間の手をつかんで、頼った方が良い】(p137)「ハライソ」

 

この青年は、迷ってはいても健やかだと思った。他と少し手触りが違う作品。最初のうちはなじめなかったけど、ラスト作品の手前という場所にこれがあることで息をつく場所になってくれている。しかし男性がこれ読んだらイライラしそうではある…。

 

やわらかい骨 

三歳の時に母親が亡くなった女子中学生が主人公の「やわらかい骨」。同情をうとましく思うのに、それでもどうしても「当たり前」に対して飢餓がある。誰にも言えずに過ごしているところ転校生が同じバスケ部に入ってくるのだけど、彼女はいつも食前に「お祈り」をする人だった。

 

口に出せば、囚われる。深く骨を蝕むものを認めなければならなくなる。(p231)

 

なにも欠けていない。よくある。普通。そう言って、振り払いたかった。けれど、なかったことには出来ない。(p243)

 

「普通に、なれない」

「葵」

「きらわないで」(p241)「やわらかい骨」 

 

宗教のこと、クラスのこと、亡き母のこと。きちんとしている主人公がそれでも無意識に逃げていることは、逃げることによって身を守れるとしても、なくなりはしない。

人と関わることは、自分を知ること。だから誰かと親しくなりたいなら自分を誤魔化すことをやめないといけない。ひりひりする。

 

連作短編集はいいぞ

連作短編集は、下手な人が書いたら、正直退屈なこともあるよね。「あの時、男側はこう思っていたんだよ」ということを書くだけでは、あまり予想を裏切らないので。

その点、彩瀬まるはうまくやってくれます。

 

この本では、みんな、「自分には骨が足りない」ような気がしてる。心細い。それは骨じゃないかもしれないけど、でもそのせいで、色々なことがうまくいかないような気がしてる。

そういうもどかしさやりきれなさを、最後に彩りで包んでくれる優しい話たち。

 

足りない、こわい、どうしたらいいのか分からない、と心許ない気持ちになってしまいがちな人にオススメです。

骨を彩る (幻冬舎文庫)

骨を彩る (幻冬舎文庫)

 

※引用のページ表記は文庫本

 

 

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